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【WEB版 お城旅行記】 第26号 2003年12月17日発行 (発行部数275部)
姫路城撮影記5〜天守閣の裏側編〜
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皆さん、こんにちは。
キリです。
「はの門」から「にの門」通ると、次は「ほの門」になります。
まさに「いろはにほへと」の順番ですね。
「にの門」はユニークな門です。
普通門は
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こんな感じで二次元(まっすぐくぐるもの)ですが、この「にの門」は三次元
(立体的!)なのです。
写真に撮影するとこんな感じです。
「にの門」

そう、この門には階段があるのです。
階段を上る門。
なかなか不思議な体験ができますよ〜
さてさて、この「にの門」をくぐると、天守閣の迫力がさらに増します。
まずは、乾小天主を撮影しました。
「乾小天主」

続いて、「ほの門」です。
天守閣のすぐ下に行くことができるこの門は非常に小さな門です。
まるで通用口か、非常口のような大きさで、ちょっと身をかがめないとくぐれ
ません。
「ほの門」

「ほの門」をくぐるとまさに天守閣の真下になります。
天守閣をささえている石垣がいさましいです。
「天守閣の石垣」

この天守閣の石垣の目玉は、石垣の中央くらいにある「姥が石」と呼ばれる石
臼です。
伝説によると、まだ羽柴秀吉と呼ばれていた後の豊臣秀吉が、姫路城城主とし
て姫路城を築く際に、城内の石垣が足りず困っているときに、近くの老婆が自
宅の石臼を石垣に使ってくれという申し出をしたそうです。老婆でさえも協力
しているのだから…とその後は周辺地域から石が続々集まったという美談が残
されています。
でも、でも、この天守閣の石垣が築かれたのは、その後の調査で秀吉時代の石
垣ではなく、池田輝政時代の石垣であることが判明。
伝説は伝説だった…ということになります。
「姥が石」

この天守閣の裏手のもう一つの目玉は、「油壁」です。
姫路城の壁のほとんどは白漆喰で塗りこまれているのにもかかわらず、ここの
壁だけ違います。
説明板によると…
「油壁…山土に豆砂利を加え、もち米のとぎ汁とかおかゆなどを練り合わせた
土を仮枠の中で叩きしめて築いた」
と書かれています。
時代的には、池田輝政公以前のものではないかともありました。
「油壁」

この油壁は、厚さ1.25m、幅5.2m、高さ2.82mです。
白漆喰の美しさが目立つ姫路城の中で異彩を放つ壁です。
この天守閣の裏手は、塩倉とかいわれている渡櫓があります。
美しいカーブを描く櫓です。
「天守閣裏の渡櫓」

この渡櫓をまっすぐ進むと、天守閣、東小天主を下から見上げることができる
スポットがございます。
「天守閣、東小天主を見上げて」

渡櫓の一番奥のかどっちょから撮影すると、こんな感じ。
東小天主の目に鮮やかな白と、天守閣の重厚さが印象的な光景です。
「天守閣、東小天主その2」

最初のころに、姫路城の美しさは「非対称」にあると書きましたが、天守閣を
見るとその非対称の美しさを実感いたします。
まっすぐビシーッと整った姿も美しいでしょうが、このように天守閣の層ごと
に微妙にずれているのも美しいですね。
「東から見上げる天守閣」

ちょっとしつこいかもしれませんが、この天守閣をナナメから見るのがなんだ
か好きだったりします。
ついついカメラをタテに構えて、縦長にも撮影してみました。
「東から見上げる天守閣〜縦長バージョン」

縦長に撮影すると奥行きがでてきますね。
さて、次回は、姫路城のワナその3をご報告いたします。
それでは〜