===================================
 【WEB版 週刊『家紋』】 第12号 
 ===================================

  「桔梗紋」

 

 【誰の家紋?】

 明智光秀、太田道灌、加藤清正

 【由来】

 桔梗紋といえば、明智光秀。
 明智光秀といえば、桔梗紋。

 全ては、本能寺で蘭丸が信長に、「謀反でございます! 水色地に桔梗! 惟任
 日向守光秀殿です!」

 というセリフから有名になった家紋です。

 本能寺の変で信長を襲う前に、光秀は愛宕権現での連歌の会で

 「ときはいま、あめがしたしるさつきかな」

 という歌を詠んでいます。

 この"とき"は「時」でもあり、源氏でもある「土岐」氏の一族という誇り
 もあったのではといわれています。

 前置きが長くなりましたが、桔梗紋は土岐氏の代表紋です。
 土岐氏とは、源頼光の子孫が美濃に土着し、南北朝を経て、美濃の守護になり、
 一時期は尾張、伊勢の三カ国の守護になり、一大勢力を築きます。

 土岐氏が家紋を桔梗にした由来は、
 「あるとき、軍勢をつれたある武将が、ふと空を仰ぎ見、流れ行く雲を眺めて
  いると、秋草の中から一輪の桔梗の花が目に入った。その武将は思わず濃い
  桔梗の花を手折り、兜にさし、全軍に出撃を命じ、無事勝利を収めた。その
  戦勝を記念して家紋にした」と見聞諸家紋という書物に書かれているそうで
 す。

 しかし、この武将が土岐氏の誰かは分かりません。

 太平記ではすでに土岐氏が水色の旗をさしとあることから、室町時代には桔梗
 紋を使用していたことが分かっています。

 土岐氏はご存知のように、斎藤道三によって国を奪われ、滅びてしまいます。

 ということで、同じ土岐一族でもある明智氏の家紋は当然桔梗紋になります。

 但し、桔梗紋といえば、土岐氏一族だけかといえばそうではありません。
 それでも、清和源氏流が多く、源氏由来の家紋といってもいいかもしれません。
 有名なのは江戸開府の祖といわれている太田道灌で、丹波太田より興った清和
 源氏流だそうです。

 ところで、源氏ではない加藤清正(藤原北家を自称したが、秀吉同様百姓の出
 自を創作したのだろう)がどうして、土岐氏の桔梗を? と思いましたが、こ
 れは、もともと蛇の目紋を使用していた清正に、秀吉が肥後入国後、その旧主
 尾藤氏の家紋である桔梗紋を襲用させた(権威付けのため?)と言われていま
 す。

 なので、今でも熊本城の瓦は、桔梗紋のものが多くなっていますし、城内にあ
 る加藤神社の神紋は、桔梗紋と蛇の目紋の両方掲げられています。

 源氏ゆかりの桔梗紋。
 七草の一つ、朝顔の名で親しまれた花をモチーフにした美しい家紋です。

 <参考文献>
 *家紋大図鑑 秋田書店 監修:樋口清之 著者:丹羽基二
 *家紋逸話辞典 立風書店 丹羽基二 

 戻る


[PR]湘南美容外科で働きませんか?:全国19院。医師、看護師ほか募集中