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 【WEB版 週刊『家紋』】 第14号 
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 「四つ目結紋」

 

 【誰の家紋?】

 六角(佐々木)義賢(承禎)

 【由来】

 目結いは模様で、古くは正倉院の宝物に「赤地目交文纐纈?(あかじもっこう
 もんこうけちのあしぎぬ)」という染織品があり、この模様が目結になります。

 纐纈が目結いのことなのですが、模様としては「鹿の子」といったほうが分か
 りやすいかもしれません。

 ということで、この模様は染物から生まれた紋になります。

 自分自身が染物をしたことがないので、いまいちイメージができないのですが、
 「布地をつまみ、糸で結んで絞り染めにすると*(□にさらに□)のような目
 ができ、この形をいくつも布地に散らしたり、並べたりする模様」が目結い、
 または鹿の子絞りと呼ばれるものだそうです。

 いにしえからなじみのある模様なのですが、この「目結い」の紋は平家物語に
 も出てきます。

 また、源平盛衰記には佐々木高綱が三つ目結いのひたたれを着ていたと書かれ
 ています。
 この後、目結紋が近江源氏の代表紋になっているので、このころから模様から
 家紋に定着されたのであろうと言われています。

 ここで、佐々木家について簡単にご紹介いたします。
 普通源氏といえば、現在大河ドラマで主人公を演じている源義経や鎌倉幕府を
 開いた源頼朝、また古くは後三年の役を戦った源義家などが有名です。

 彼らの祖先は清和天皇です。
 清和天皇の皇子、貞純親王が皇族から臣籍になり、源の姓を与えられます。
 故に清和源氏と呼ばれます。
 
 ところが、世の中には清和源氏以外の源氏が存在します。
 それが、佐々木氏の先祖、宇多源氏です。
 宇多天皇の皇子敦実親王を祖に持つ宇多源氏は主に近江を中心に広がり、近江
 源氏とも呼ばれています。

 さて、この佐々木は近江国蒲生郡佐々木庄に居住し、佐々木と称しましたが、
 平治の乱に源義朝に属し、義朝横死後は関東に逃れ、後頼朝が鎌倉で平家に反
 旗を翻した際に、駆けつけ、宇治川の合戦でするすみ騎乗の梶原景季と先陣を
 争ったのいけずきに騎乗した佐々木高綱です。

 ところで、宇多源氏である佐々木氏が六角を名乗った理由は、室町時代京にあ
 る館が六角東洞院にあったことから佐々木六角氏と名乗るようになったそうで
 す。

 同じ佐々木一族の京極氏は佐々木信綱の四男から分かれ、京都の館が京極高辻
 にあったことから、京極氏を名乗るようになりました。
 なので、京極氏は佐々木氏の分家になり、家紋は平になった、平四つ目結紋を
 使用しています。

 「平四つ目結紋」(京極家)
 

 その他には目結が16個もある十六目結紋などがあります。

 「十六目結紋」(本間家)
 

 もし、目結の家紋だったとしたら、近江源氏の血が流れているかもしれません
 ね。
 もちろん、ご先祖様は宇多天皇です! 

 <参考文献>
 *家紋大図鑑 秋田書店 監修:樋口清之 著者:丹羽基二
 *家紋逸話辞典 立風書店 丹羽基二 

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