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【WEB版 週刊『家紋』】 第7号
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「桐紋」

【誰の家紋?】
天皇家、豊臣秀吉、日本政府
【由来】
桐紋が天皇家の家紋になった由来ははっきりとしていません。
ただ、平安時代には桐が竹、鳳凰とともに天皇の衣装につけられるようになっ
ていたそうで、その結果、みんなが遠慮して自然と皇室の紋章になっていった
のではないかと言われています。
桐は中国では聖王をあらわす瑞鳥、鳳凰が止まる木として縁起のいいものにな
っています。
ところが、この桐は梧桐(アオギリ)のことを言っており、青い高木で黄色い
花を咲かせます。
桐紋の桐は白桐で、紫色の花を咲かせます。
日本の桐紋は、白桐の実形にアオギリの瑞祥の意味を加えて完成したものです。
皇室の紋としての桐紋は鎌倉時代に完成したようで、菊紋同様後鳥羽上皇のと
きではないかと推測されています。
室町期の後醍醐天皇のときには足利尊氏に桐紋を下賜したとかかれており、こ
のときにはすでに皇室の紋になっていることが明らかになっています。
こうして、桐紋は菊紋と同様に皇室の紋になり、多くの武家に下賜されていま
す。
ちなみに、13代足利義輝から織田信長に桐紋が与えられています。
このように、天皇家から武家に。
さらに、武家から武家に桐紋が伝わっていきました。
その中には豊臣秀吉もおり、彼はその桐紋を愛し、おのれの権力を誇示するた
めにも工芸美術品の多くにつけられ、桃山時代の美術品の多くには太閤桐と呼
ばれる紋がすえられ、自己のPRにも役立てました。
さらに、秀吉は景気よく家臣に桐紋を与えたことも桐紋普及に役立ちました。
ちなみに、徳川家康の次男、秀康は豊臣秀吉の養子になり、結城家に入ってか
らも結城家の巴紋を使用せず、桐紋を使用し、豊臣家滅亡後も豊臣ゆかりの桐
紋を使用し続けたそうです。
閑話休題。
桐紋は、花の数によって「五七の桐」と「五三の桐」があります。
皇室の桐は「五七の桐」ですが、この数による優劣はあるのでしょうか。
明治神宮は皇室に遠慮して、「五三の桐」を使用しているそうです。
また、この桐紋は政府の紋章のようにも使われています。
500円硬貨の裏側は桐ですし、パスポートにも使用されており、よく小泉首相
が外国人記者に向けた会見をする際には、マイクの置かれた壇には桐の紋章が
描かれています。
確証はありませんが、桐紋は日本政府の紋といってもいいかもしれませんね。
【読者の家紋】
ここでは読者の皆さんの家の家紋をご紹介していきます。
「三つ盛瓶子」

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仁平さん、すみません。
仁平さんの家紋「丸に並び瓶子」のデータがなく、同じ瓶子ということで、三
つ盛瓶子が掲載されています。
ということで、今回は瓶子について。
瓶子とはカメのことである。
壺形のものや徳利ものなどあるが、水や酒を入れる容器のことをいい、特に神
に供える酒器でもあったので、神家及び、その関係者が用いました。
未勘源氏の安食(あじき)氏、藤原氏支流の塙氏、平氏支流の大岩氏は二つ瓶
子、藤原氏為憲流の宇佐美氏、橘氏流の紅林氏は三つ瓶子を用いました。
ということで、仁平さんのご先祖様は神主だった可能性もありますね。
可能性としては源氏、平氏、藤原氏のどれかになるわけです。
もしかしたら、名前というのは当て字を使う習慣がありますので、仁平もニ瓶
の家紋からきているのかもしれませんね。
ちなみに、瓶子の有名なエピソードとして、平家物語の鹿谷の条で、大納言成
親卿が、かり衣のそでにかけて瓶子を引き倒し、「瓶子(平氏)が倒れた」とシ
ャレた話があります。
結局ことが露見して大変な目に合ってしまいますが…
もしかしたら、このエピソードも今度の大河ドラマで出てくるかもしれません
ね。
*このコーナーでは読者の皆さんの家紋をご紹介していきます。
自分の家の紋に興味のある方は、メールをいただければと思います。
<参考文献>
*家紋大図鑑 秋田書店 監修:樋口清之 著者:丹羽基二
*家紋逸話辞典 立風書店 丹羽基二