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 【WEB版 週刊『家紋』】 第9号
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 「丸に十字紋」

 

 【誰の家紋?】

 島津義弘

 【由来】

 「かかれっ!」

 関が原に翻る丸に十字の紋。
 すでに西軍の敗北は確定したとき、島津義弘がとった行動こそ東軍本陣徳川家
 康隊への敵中突破です。

 あわや家康討ち死にという勢いで突撃する島津隊。
 その島津氏の家紋がこの丸に十字紋です。

 この十字紋ですが、江戸時代前は単に「十」の字だけをかいていました。
 
 さて、この十字紋の由来ですが、諸説様々あります。

 1.竜説
   タテの一は登り竜、ヨコの一は下り竜。
   清和天皇が六孫王に源姓を賜ったとき、ともに賜った二引き竜の変形であ
   り、島津氏の始祖、忠久がこの二引き竜を頼朝から賜ったが、同紋をはば
   かってタテ、ヨコにしたという説です。
   しかし、源頼朝自体が二引き両紋ではないので、この説は成り立ちません。
   頼朝自身は家紋を持っていません。

 2.箸説
   頼朝が奥州征伐をする際に、ハシを取り十字の形にして忠久に「これを家
   紋にせよ」と言われたという説。
   くわしくは不明だそうです。

 3.クルス説(十字架紋)
   1549年フランチェスコ・ザビエルが日本に上陸したのは薩摩の地です。
   キリスト教が禁止されてからくつわ紋などといつわってものもありました
   が、島津家の始祖、忠久公(鎌倉時代の人物)の甲冑にはすでに十字の紋
   があり、当然キリスト教伝来前の時代ですから、この説も間違いになりま
   す。
  
 4.くつわ説
   轡(くつわ)とは馬の口に含ませる口輪、「くつばみ」のことですが、十字
   紋と非常に似ています。
   しかし、前述しましたが、島津氏の十字紋はもともとは丸がない十字だけ
   の紋だったので、丸十字の金具をイメージしたくつわ紋説も関係ありませ
   ん。
   非常に似ていますが。

 5.呪符説=厄除けのオマジナイ
   「日本紋章学」の著者沼田頼輔氏の説で、中国の書物に、「むし餅の上に十
   字をかぎらなければ食べない」とあり、十字の符が使われるようになり、
   それが鎌倉時代の日本に伝わったようです。
   鎌倉幕府の歴史書「吾妻鏡」にも将軍が富士の牧狩りのときに士卒に十字
   (むし餅)を配ったとあります。
   この風習は現在も残っており、お饅頭に紅で十字をつけ吉事に贈り、餅を 
   焼くときに火箸で十字を描いたり、赤ちゃんのおむつに十字を糸で縫いつ
   けることも行われているようです。
   秋田地方では、子供が外出するときに親は子供のオデコに十字を切る習慣
   があるそうです。
   元来、十字は世界各地いろいろな民族で使われており、キリスト教だけの
   ものではありません。
   十は一が東西、|が南北の意で四方中央具足のことで、仏教でも円満で無
   尽を意味します。
   オマジナイとしての意は、天地をあらわし完全をあらわし円満無尽をあら
   わす神聖な文字から呪符に発展したのでしょう。
   呪符として当時多くの人に流行ったこの十字を島津家も使用したのではな
   いかという説で、これが最も可能性が高いかもしれません。

 何はともあれ、島津家初代の忠久公の甲冑に残っているこの家紋は900年近い
 歴史を持つ由緒ある家紋ということになります。

 <参考文献>
 *家紋大図鑑 秋田書店 監修:樋口清之 著者:丹羽基二
 *家紋逸話辞典 立風書店 丹羽基二 

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